職場環境は明るく元気、トイレは流しましょう。

「いやー、役場の雰囲気が明るくなったね」とある町民が漏らした一言は、上(これ)が変われば町が変わるということを端的に表している。
宮崎町長はあまり細かいことを気に留めないようだ。下の人間をいちいち覚えていないという声も聞こえるが、それでも以前の重苦しい雰囲気は払拭され、少し緩んだ、だが、あるいはのびのびと仕事ができる役場環境になったようだ。
対して、以前の黒岩町長時代の時代はどこか重苦しい雰囲気で、職員はいつも上の顔色を窺いながら、いつ火の粉をかぶるかわからない緊張感の下で無難に仕事をしている感があったという。
黒岩町長時代のあるエピソードで、3階のトイレからにおいがすると誰かからクレームが入り、掃除を担当している人の人事異動という一幕があったという。確かに町長室とトイレが近いため、臭うこともあるだろうが、定期掃除をしていればほぼ臭わないだろいう。仮に掃除に不備があったとしても、首長がそこまで細かく口出しして言うほどのことなのかと思うが、これがまさに、トイレを作り続け、こだわり続けた黒岩前町長の本領発揮といったところか。
黒岩前町長は、とにかくトイレにこだわった。観光客からもトイレが豪華と評判だった。湯治広場トイレ、天狗山駐車場のトイレ、温泉門のトイレと、こだわり抜いたトイレに執念を燃やしていたようだ。まさに黒岩前町長は“トイレ町長”の称号にふさわしい人だった。もちろん、揶揄するつもりは毛頭ない。町民からも観光客からも称賛されたトイレは、人類にとってなくてはならないものであり、特に海外からは「日本のトイレはすごい。ネクストレベルだ」と評判になるぐらいの日本を象徴する存在である。そのトイレを観光の目玉として押し上げた功績は、計り知れない。さすがはトイレ番長である。しかし、以前にも紹介したように、草津での大きな公共インフラを整える時代は終わった。大きなインフラは民間に任せればよい。作り続けた町の公共インフラは、これから人口減少が続く草津町で、将来を担う若者に直接大きな負担を強いるからだ。人口が減ればその分、維持経費にかかる負担は否応なく増す。
その負担は、あなたの息子、孫の懐から徴収される。
今、求められているのは、いかに柔軟な発想で人口の流出に歯止めをかけ、若い世代を草津に呼び込むかである。そして、今そこに住む町民の直接益になるインフラに絞るべきであり、維持に注力すべきである。そのためには、変わりゆく情勢に柔軟に対応できる世代が行政を担うのがよいだろう。草津町議会もまたしかり、草津町議会の面々は全国平均と比べてもなかなかの「熟成具合」である。議場を支えているのは、人生の大先輩である70代、80代の面々だ。もちろん、「選挙で選ばれたんだから年齢なんて記号に過ぎない」という意見もあろう。確かに、年齢を重ねるほど渋みが増すのはワインと政治家と言われるがどうかは定かではないが、能力の衰えには個人差がある。
しかし、時は残酷だ。どれほど気力に溢れていても、判断力や認知機能、そして「階段の上り下り」に必要な身体能力の低下は、避けては通れない道である。それらを「経験」という名の魔法で補おうにも、魔法の杖にはどうしても使用回数制限があるのだ。
さらに、議会が「レジェンド」たちの声が大きいと、社会のスピード感についていけなくなる。新しい政策に対しても、「若い頃はこうだった」という成功体験が逆に足かせとなり、柔軟性がどこかへ行ってしまう。これでは、町の未来を描くはずの会議が、いつの間にか「役員の顔 色をうかがうだけの社内会議」となってしまう。
また、平均年齢が高すぎると、若者とのジェネレーションギャップはもはや「溝」ではなく「深淵」となる。若者の切実な訴えも、彼らからすれば「孫の甘え」程度にしか聞こえないのかもしれない。これでは若者が町を飛び出し、戻ってこなくなるのも無理はない。重鎮たちが椅子に深く腰掛けすぎているせいで、次世代のリーダーが座るスペースが物理的にも社会的にも消滅しているのである。
物価高や国際情勢の変化など、世の中は猛スピードで回転している。草津の湯も、ずっと放っておけば、湯あたりする。議会も同じだ。時代に合わせた適温を保つためには、新鮮な世代の参入が不可欠である。いつまでも同じメンバーが居座り続けるのは、町の発展という観点から見れば、「伝統」ではなく「停滞」におちいるだろう。
要するに、高齢議員はお役御免というわけだ。

