煮川の湯は、鷲の湯?なのか。
先ごろ草津町より、共同浴場の一つ「煮川の湯」の建て替えが発表された。

これは前町長・黒岩氏が立案した「煮川の湯の建て替え」「滝下通りの修景整備」「道路整備」の3つの設計構想のうちの一つである。2025年に発表されたこの計画は、前町長お気に入りのK設計事務所がデザインを担当し、現在は継続事業として引き継がれている。
煮川の湯はホテル高松の向かいの交差点にあり、大滝の湯に通ずる道の横に位置するため、ランドマークとしては確かに最適だろう。今の建物の建設から40年近くが経過しているため、建て替えの話が出るのも理解できる。
だがしかし、その建物デザインがよりによって「鷲の湯風」というのはどうなのだろうか。いやいや、「それじゃない感」が半端ない。
「鷲の湯」とは、かつて大阪屋旅館の前にあり、昭和44年まで草津の伝統的湯治法「時間湯」が行われていた場所だ。現在は石碑と小さな公園があるのみで、建物自体は存在しない。
計画では、その鷲の湯の母屋を煮川の湯で「鷲の湯風」として再現しランドマークにしようというのだが、はっきり言わせてもらいたい。
「あんたバカァ?」
そもそも成り立ちの違う煮川の湯に、鷲の湯風の建物を建てるという発想の意図がまったくもって理解しがたい。
よしんば完全再現というのであれば、1万歩譲って看板を付け替えるという手もないわけではない。しかし、煮川の湯の皮を鷲の湯風にする中途半端なデザインは、両者の歴史を完全に無視している。見てくれだけをきれいにして中身は気にしない、いかにも前町長らしい発想だ。
地元に愛される「煮川の湯」のあり方
煮川の湯は昭和63年に建てられた、草津の中では比較的浅い歴史を持つ湯だ。しかし、煮川源泉100%かつ源泉に近いことから湯の温度が強烈に熱く、草津の内外に熱心なファンを抱えている。
草津の共同浴場はそれぞれの地区にあり、町民の生活の一部だ。当然、煮川の湯にも毎日入りに来る町民がいる。
煮川は煮川であって、鷲の湯ではない。
もしかして、鷲の湯の歴史を煮川に統合し、本来の跡地である公園を別の何かにして、鷲の湯自体を完全に亡きものにしようとでもしているのだろうか。詳細を知らないからこそ邪推してしまうが、そう勘繰られてもおかしくないほど、今回のデザイン構想には理解に苦しむ。
さらに注目であろう部分が中身の温泉だろう。煮川源泉は草津でも貴重な源泉であるが、立替と同時に湯を絞る、一部をほかに回ということが行われないかという懸念もある。というのも日本最大の湯量を誇る草津においても温泉は貴重であり、どこの旅館もホテルも手に入れられるなら欲しいところだ。しかも、唯一の源泉となれば・・・ 夫これは邪推過ぎるか。
とにかく煮川の湯、鷲の湯双方成り立ちが異なる浴場をその時の勝手な都合で混ぜ合わせるというのは、とても賛成できない。皆さんはどう思われますか。


