草津町の光と闇
観光客賑わう草津温泉。湯治もどき、歴史が改竄され後付けされた観光スポットが増え、それが本来のあり方とばかりにPRされているため、湯治場として、そしてハンセン病患者が集っていた場所としての面影はほとんどない。
そして、湯の澤集落があった頃や、解散後楽泉園に強制隔離されてから、さらに人としての尊厳を失っていた重監房が存在していたことなどは町は積極的に発信しない。
上町、下町とわけられていても、門は名ばかりでらい患者と町民が自由に行き来し交流していた光と、観光イメージに傷がつくのを恐れてか、ハンセン病やコンウォール・リーの存在をよしとしない闇が混在していた。そして、これは現在進行形であるといえる。
今の草津町に人権侵害はないか?
くだらない風評被害をばら撒く人生の先達が権力をもち、移住者や名もなき力ももたぬ雇われの人々の尊厳や人権は守られているのだろうか?
我だけ良ければいい、自分達が迷惑にならなければいい。そんな残念な町に成り下がっていないか?
草津は歴史を辿ればほとんどの人間が移住者。村八分が嫌になって草津をでていく若者が増えないように真の意味での共生を考えていくべきだ。

