見た目の綺麗さより、子どもたちに受け継ぐ温泉文化を。草津が歩むべき真の「100年構想」

「草津の町は綺麗に整備され、多くの観光客で賑わって本当に良かった」——果たして、本当にそれだけの美談で済ませてよいのだろうか。

 黒岩町政の16年間で、草津の景観は劇的に変わった。湯畑周辺では湯もみショーを行う「熱の湯」が建て替えられ、かつての空き地は「湯治広場」へと姿を変え、公衆トイレや「御座の湯」も新たに作られた。手湯や歩道の整備に加え、地蔵地区では源泉に屋根がつき、高台には「まんが図書館」や喫茶店、「百年石」の体験施設、足湯や「お湯」といった施設が次々と建てられてきた。

 町長が代わっても、この整備路線は続いている。大滝へ続く道や「煮川の湯」の建て替えなど、施設の維持管理や老朽化への対策自体は、住民や観光客にとって必要な側面があることも事実だ。

 しかし、問題はその「程度」にある。財政に余裕があるからといって過剰なインフラ整備を続ければ、その将来的な維持費という重荷は、私たちの子供や孫の世代が背負っていくことになる。この拡大路線が、真の意味で100年先を見据えた計画なのかは大きな疑問だ。

 令和8年度の草津町の一般会計当初予算は、前年度比5.9%増の59億9,500万円と過去最高を記録した。しかし、自治体は国のように自分でお金(通貨)を作れるわけではない。税収や借金(地方債)、国からの補助金(交付金)に頼っている仕組みの中で、昨今の物価高や金利上昇が直撃すれば、予定していた以上のお金が必要になるのは明らかだ。このような状況の中で、これまでのやり方をそのまま引き継ぐことが、果たして町民の本当の利益になるのだろうか。

 今後のインフラ整備は、もっと町民の暮らしに寄り添った「大切な部分への集約」へと方向を変えるべきだ。例えば、古くなった水道や温水設備の強化、各地区が払っている街灯の電気代への補助、あるいは生活道路の整備といった、日々の暮らしを直接支える基幹インフラへの投資こそを優先すべきである。

「観光で成り立っている町なのだから、観光客向けの整備は絶対に必要だ」という意見も一理ある。現在の綺麗な建物を見て、「見栄えも良くデザインも素晴らしいのに、何を文句言っているんだ」と感じる人もいるだろう。

 しかし、これらの新しい建物には決定的に欠けているものがある。それは、草津の先人たちが築いてきた「歴史・文化・伝統」を引き継いでいない点だ。

 草津町には温泉場としての長い歴史があるのに、その歴史の長さに比べて古い建物や史跡がとても少ないという課題がある。強い酸性の温泉による傷みやすさという問題はあるにせよ、それ以上に「古いものや歴史的な価値を大切に残そう」という考え方が弱かったのではないか。

 例えば「熱の湯」は、もともと湯治場であり、草津独自の伝統を現代に伝える象徴的な場所だ。しかし現在の新しい建物から、その歴史の重みや趣を感じ取ることができるだろうか。単なる綺麗なイベント会場になってしまい、伝統を実感できる場としての魅力が薄れていることに大きな疑問を感じる。

 さらに深刻なのは、今の子供たちが草津の歴史を学ぶ機会も、地元の歴史文化に触れる機会も十分にないことだ。このまま歴史や文化から遠ざかった世代が増えていけば、自分たちの町の成り立ちに誇りを持てなくなり、将来的に「歴史ある温泉町」として持続していくこと自体が危ぶまれるのは避けられない。

 こうした問題は、将来のインフラを維持していくという課題にも直接つながっている。どんなに目新しくデザインが良い施設であっても、いつかは必ず古くなる。その時、町民は「これは価値ある歴史的な建物だから、自分たちでお金を払ってでも残そう」と思えるだろうか。それとも「当時の流行りで建てただけの施設だから、時代にも合わないし取り壊してもいいよね」と思うだろうか。

 一時の流行りのデザインに頼った町づくりよりも、伝統や文化に支えられた町づくりであってこそ、将来同じように建て替えや修理の費用がかかったとしても、「この町の文化を守りたい」という町民の愛着と支える気持ちが生まれるのだ。

 すでに出来上がったものを今さら変えることはできない。しかし、これから維持していく中で見直せるものは積極的に見直し、単に綺麗なだけの観光地から、訪れた人が草津の温泉文化を感じ、体験し、学べるような「歴史ある温泉場」としての姿を取り戻すこと。これこそが、今私たちに求められている町づくりの姿勢である。

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